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18件の議事録が該当しました。

該当会議一覧(1会議3発言まで表示)

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1979-03-10 第87回国会 参議院 予算委員会 第4号

サンフランシスコ会議のときにも、きのう申しましたように、吉田全権ダレス全権も明確にしている。きょうはもう時間がありませんから、文書は幾らも出せませんけれども、吉田全権アメリカあてにこんなに文書を出した。その中でも千島歯舞色丹という言い方で書いているのですね。これは吉田さんの回顧録にもはっきり書いてある。  

上田耕一郎

1970-03-24 第63回国会 参議院 予算委員会 第6号

それは講和会議においてもアメリカダレス全権も別個に述べておりますし、先ほど言った西村条約局長も、アメリカ外務当局も明言したとその委員会で述べておりますから、日本が放棄していないことはあらゆる面からこれは明瞭でありますから、ソ連に対して返還要求をする場合に、この歯舞色丹島は択捉国後とはさらに切り離して、当然のこととして、これはまず第一段階として要求し、それは時は同じくしてもいまの択捉国後というものが

山本利壽

1962-04-12 第40回国会 参議院 外務委員会 第12号

○国務大臣(小坂善太郎君) このケネディ声明は、今まで講和条約の際に言われました潜在主権、これはダレス全権ヤンガー全権によって言われた言葉でありますが、これを単に抽象的な、あるいは理念的なものとして扱うのでなくて、具体的に、また積極的に日本国との関連において扱っていく、こういうことを示したものであると思うのであります。

小坂善太郎

1961-10-11 第39回国会 衆議院 予算委員会 第8号

そういう意味であなたたちの言う国後択捉の問題は、平和条約のときにおけるダレス全権のお答えにはないのです。歯舞色丹だけです。それからあわせて今お話の松本・グロムイコ全権の会談以降における日本側アメリカに対する文書回答もこうなっておる。それがこの間ここでお話の一九五六年九月七日のアメリカ国務省のこれに対する回答がある。

横路節雄

1961-10-10 第39回国会 衆議院 外務委員会 第4号

それはその席上におきまして、ダレス全権説明にそういうことが言ってあります。また大体この三つのうちでどれに当たるかといえば、おそらくbが最もそれに適合する項目ではないかと思っているわけでございます。従って、この七十七条に特に違反するということはないと思います。  

中川融

1961-10-03 第39回国会 衆議院 予算委員会 第2号

そこで高倉委員が「過般の講和会議においてダレス全権が、歯舞色丹諸島千島列島でない、従ってこれが帰属は、今日の場合国際司法裁判所に提訴する道が開かれておると演説されておるのであります。」一体これはどうなんですかということを吉田総理にお尋ねをしたところが、吉田総理はこの点についてはこう言っているのです。

横路節雄

1954-03-10 第19回国会 参議院 予算委員会 第9号

それは一九五一年二月七日、いわゆる吉田ダレス書簡を以て応答されておりますところの、日本の漁業問題に関しましての吉田首相ダレス全権大使との間の書簡内容の一部でありますが、一九四〇年に漁業しておらない所或いは日本の漁船或いは汽船が行つておらない所に、将来といえども或る一定の期間は行かないという約束の文書が交換されております。

千田正

1953-12-08 第18回国会 参議院 外務委員会 第6号

でこの平和条約起草当事国であるアメリカイギリス代表、つまりダレス全権イギリスヤンガー全権とは沖繩に対する日本主権を認めまして、ただ暫定的に行政、立法、司法の権力がアメリカによつて行使される。それから今後アメリカ信託統治の提案をしたときは日本はこれを承諾する、こういう条件はありますけれども、主権日本にあるということを起草国たる二国が認めておる。

岡崎勝男

1951-11-18 第12回国会 参議院 本会議 第20号

第六條但書意味について政府側は、これはサンフランシスコム会議におけるダレス全権説明通り但書がなければ、占領軍は一度撤退して、更に改めて駐留軍として来る必要があるとの論も起り得るから、引続き駐留軍として残ることができる趣旨を明らかにするために置いた規定である旨、説明があり、これに続いて、但書がある以上、安全保障條約はあのように大急ぎで結ぶ必要がなかつたのではないか、大つ急ぎで結んだのは結局日本

大隈信幸

1951-11-17 第12回国会 参議院 本会議 第19号

議事は五日より八日まで四日間に亘つて進められたのでありますが、五日午後は米英全権による條約案の説明が行われましたが、ダレス全権演説は、数カ月に亘りみずから手がけて来た経験に基く説明だけに、綿密にして懇切、その内容といい、調子といい、強く聴衆に訴えるものがあつたのであります。次いで六日午前から七日午後に亘つて條約案に対する各国全権意見開陳が行われました。

廣瀬與兵衞

1951-11-06 第12回国会 参議院 平和条約及び日米安全保障条約特別委員会 第11号

石川榮一君 一応さように了解できるのでありますが、それならば何故ダレス全権並びにヤンガー英全権演説のうちこの項目を取上げて、日本主権ありということの発表をされたのでありましようか、若し今お話のように権利、権原並びに請求権の放棄の條項がないからいいではないかという、それで確然と主権が確立しておるというならば、これは両全権発言の必要がなかつた、かように考える。

石川榮一

1951-10-24 第12回国会 衆議院 平和条約及び日米安全保障条約特別委員会 第8号

それはサンフランシスコ会議におきまして、ダレス全権がこの條約の第五條及び第六條について説明しておられる点でございます。それによりますと、平和條効力発生と同時に、日本における合衆国軍隊占領軍としての性格、権能を全部喪失する。そうして爾後は、日本においては、日本が自発的に彼らに認めるところの地位を有するであろう、こう言明されております。

西村熊雄

1951-10-23 第12回国会 衆議院 平和条約及び日米安全保障条約特別委員会 第7号

それに至るまで、しからばこの日本地域における平和をいかにして保障するやという話合いになつて、今申し上げましたようなこの條約に出ました構想がおのずと総理ダレス全権との間にでき上つた次第でございます。スタートは完全に平等でございまして、保護を与え、ないし保護を受けるという観念はみじんもない次第でございます。

西村熊雄

1951-10-20 第12回国会 衆議院 平和条約及び日米安全保障条約特別委員会 第5号

○石原(登)委員 サンフランシスコ講和会議におけるところのダレス全権並びにヤンガー全権発言の要旨に考えましても、またこの問題に関する限りはつきり言明されているその事実に考えてみましても、この国民の期待に対しては相当同情的な処置がとられることを政府とともに信じたいのであります。また信じているものであります。  

石原登

1951-10-19 第12回国会 衆議院 平和条約及び日米安全保障条約特別委員会 第4号

また他の諸国の代表も―ダレス全権もそうでありまするが、日本民主化平和化を認めているのであります。それを前提として、サンフンシスコの対日講和会議が開催されたと私どもは心得ておるのでありますが、なかんずくトルーマン大統領言つた、完全に実行したという降伏文書には、日本民主化平和化されたときに対日講和会議が招集されることが定められているのであります。

松本瀧藏

1951-10-19 第12回国会 衆議院 平和条約及び日米安全保障条約特別委員会 第4号

ダレス全権サンフランシスコの本会議の冒頭で、條約草案を説明いたしました際に、歯舞群島千島列島に入らず、これについて争いがあれば第二十二條の規定によつて国際司法裁判に付託することを強く主張されました。また総理も、色丹島も歯舞群島もともに北海道の一部を構成するものであるということを、サンフランシスコ会議でこれまた強く主張されました。その通りであります。

松本瀧藏

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